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日常の「思い」を文字にして残します

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トオルのピアノ

 数年目の武生国際音楽祭のポスターのデザインは、福井県越前町にアトリエを構えている画家の宇佐見圭司さんだった。その画は既にウエブ上でも見つけることは出来ない。2012年までのアーカイブしか存在しないからだ。25周年と言われるこの武生国際音楽祭ですが、その足跡は2年前までしか遡ることが出来ない状況は、やはり過ぎ去った事への愛情は?と思わざるを得ない。

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 さて、僕がその宇佐見圭司さんと知り合ったのは全くの偶然だった。取材で越前海岸を車で走っていたとき、山の方に向かう一本の道を見つけた。ふとハンドルを切り山の上へ向かった。本当に偶然だった。山の上に登ると視野が広がり、眼下には日本海が広がっていた。そこから少し下ると、美しい建物が在った。それは本当に入り口もひっそりとあり、山の上から日本海を見渡せる斜面にあった。

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ちょっとその家の前に佇んでいると、中から「何か?」という女性の声が。ここへ来た経緯を述べて、この場所の感想を話していると女性はここはアトリエとして作った家で、ご主人は東京の大学で教えていて週末ここに戻るのだとおっしゃった。そして、このアトリエの主が画家の宇佐見圭司さんだと言うことを彼女(宇佐見さんの奥様・爽子さん)からお聞きし、後日アトリエにお邪魔しお話を伺う約束してその日はアトリエをあとにしました。

 翌週ご自宅にお電話し、午後には宇佐見さんも東京から戻ってるからというので、アトリエに再度お邪魔することに。

 

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家の中をぐるっと紹介されて、お二人のアトリエ(奥様も作家です)を拝見させていただき、最後に南側にある小さな部屋に案内された。日本海が見渡せるこぢんまりとしたシンプルなお部屋だった。そこで、美味しい珈琲と甘いお菓子を頂いていると部屋にピアノがあるのに気がついた。アップライトピアノで右手に海が見えるように置いてあった。

「ピアノをお弾きになるんですか?」

 「いいえ弾きませんよ。このピアノはある人がここに来て使えるように置いてあるんです。」

「そう、トオルがここに来て海を見ながら、山を見ながら作曲が出来るようにと置いてあるんですよ。」

「私たちは、このピアノを『トオルのピアノ』と呼んでいるんです。でもね、まだ一度も使ってもらったことがないの。」

トオルとは、宇佐見さんと親交の深かった作曲家武満徹だった。

 武生国際音楽祭は武満徹さんとも関係が深かった。僕自身武満徹さんのインタビューというか話を聞いたのは数回しか無い。最初は大津西武の開店記念のイベント「MUSIC TODAY」で。そして仁愛女子短期大学の記念演奏会での楽屋でのインタビュー、そして武生国際音楽祭にゲストとして来られた時。その時のプログラムは何処へ行ったのか?

 印象深い話があって武満さんに「わかりやすい音楽を聴きたいという人が多いのだけれども」という現代音楽への聴衆をどう増やせるかのお話を聞こうとした時である。

「僕の曲がわかりにくくて、という話はわかります。だったらバッハ、ベートーベンはわかりやすいのですか?僕は今でもベートーベンの曲を聴く度に考えてしまいます。何を伝えようとしてるのかこの音楽は?って。彼らの曲に勇気づけられ新しい発見を示唆されます。まだまだわからないことばかりです。だから音楽をやってゆくのかもしれません。」

 そういう武満さんがこのピアノからどんな音楽を生み出そうとするのか。宇佐見ご夫妻のお話をお伺いしてると、部屋の隅にあるピアノに向かって音楽を創っている武満さんを創造してしまった。この部屋から創る音楽を聴いてみたかった。

 「トオルのピアノ」は一度も彼に弾かれること無くこの部屋にあります。

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「トシオのピアノ」を用意するのはタケフだったらいいのに。とずっと思っています。